2006年11月30日 (木)

いじめ、自殺問題に思う。

 現在、「いじめ、自殺問題」をよく、TV、新聞等で流れている。

実情としていじめは昔からある。ただし陰険ないじめが多くなってきているとも思われる。

 いじめから自殺になるという事は相当な被害にあったからだと思う。では、「どうしてそこまで酷いいじめになるのだろうか?」という事になる。

 私なりに考えた。やはり「命の尊さ」を学校が教えていないからだと思う。

ようするに「性教育」をしっかりやっていないのではないか?とも思う。

 「性のオープン化」が原因であり、中絶が多くなってきており、学校側もコンドームの使い方、人形を使っての性行為を教えている風景を、前小泉総理も「行き過ぎ」と皮肉っていたシーンをTVで観られた方も多いであろう。

 私たち人間は性行為で作られる。ここで思い出して欲しい。1回の射精で精子は何億匹というのが誕生する。その何億匹から1匹だけが卵子と受精し、赤ちゃんが生まれる。

 残りの精子は死んでしまう。

 私たち人間は何億匹分の1匹の精子から誕生し、生活している。非常に貴重な存在になると思わないであろうか?

 「お互い貴重な存在同士」と考えると、いじめるのはいけないと私は当時思った。

 だから1人の赤ちゃんが誕生の度に残りの数億匹の精子も死んでいる。その中から誕生した貴重な人間をお互い尊重し、生きていくべきではないであろうか?

 射精から精子が卵子にたどり着くには相当な競争になるであろう。精子も生き残る為に必死こいてあらゆる手段を使ってでも卵子まで走るであろう。

 

ここで言いたい、生き残る為の「競争」はあるが、「いじめ」はおかしい!!

どの社会も生き残る為にルールの中で競争をしている。

この「ルール」というのは人間にある「優しさ」であると私は思う。

 そんなに人を見下したりしたいのなら、ルールの中でやりあってもらいたい。

どんな人間も数億匹分の1匹であるという代表であることを常に自覚しながら生きていけば、助け合ったり、支えあったり、競争したり、強く生きていけれると私は思う。

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